アイヌ文化とその継承

アイヌ文化についてまとめてみました。

なぜ急にアイヌ文化についてのプリントをつくりだしたかというと・・・・・・


先日ゴールデンカムイを見始めたからですーーーー!というわけでプリントにしてみました。

アイヌ文化の始まり

まず北海道では弥生文化が広まらず狩り・採集の暮らしが続いていました。

そして7世紀頃、表面をヘラでこすったような模様が特徴の擦文土器(さつもん)が広まります。

この時の文化を擦文文化といいます。(縄文土器、縄文文化みたいなノリで)

そして北海道東北部ではラッコの彫刻などで知られるオホーツク文化が広まります。


10世紀頃になり、擦文文化とオホーツク文化が融合されます。その後、土器があまり使われない時代に入り

擦文文化は終わりをむかえ、13世紀以降それらを基礎にアイヌの人々によって育まれた生活様式の

アイヌ文化が生まれます。


様々なアイヌ文化


オットセイ猟・・・その他、鹿や熊、鳥、ラッコなどの狩りや、サケやマスをとる漁などが男性の仕事でした。


イオマンテ・・・とらえた小熊を大切に育て 神の世界に送り返す儀式。これはゴールデンカムイの中でも出てきましたよね。
アイヌの人々は自然のあらゆるものに神(カムイ)が宿っていると考えており自然のめぐみをうけるため神と交流し感謝する儀式を行っていました。


コンブ漁・・・ニシン漁やコンブ漁がさかんに行われコンブは中国への重要な輸出物でした。アイヌの人々はそれらと日用品とを和人との間で交換していましたがその交換が不公平でそれに不満を持ったアイヌの人々はシャクシャインを中心に戦いをおこしますが敗れてしまいました。


蝦夷錦(えぞにしき)・・・
アイヌの人々の交易で 中国東北部からもたらされた衣服で江戸、大阪、京都でもてはやされていました。


入れ墨をした女性・・・アイヌの女性は12-16歳くらいになると口のまわりや手の甲に刺青をしていました。ゴールデンカムイでも
アシリパのおばあちゃんのフチが刺青してましたね。



調べれば調べるほどにいろいろ興味が出てきました。

今回は簡単に一枚のプリントにまとめましたが今後もう少し深ぼりしていこうと思います。

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